2011年3月30日水曜日

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灯り2011年3月27日 1:16 三田村 淳一さん作成
子どもの頃、我が家の天井には裸電球が一つ灯っていた。
その頃、うちに冷蔵庫はあったのだろうか・・覚えていない。
当時は、まだTVもなく、小学生の頃にやっと我が家にも白黒TVがきた。
NHKのチロリン村を見るのが楽しみで、兄弟達でTVの前に釘づけ。
ケネディ大統領暗殺のニュースがTVで流れたのもこの頃。
子どもがてら、なんかアメリカで大変な事がおこった・・・という感じだった。
そのうち蛍光灯がつき、その明るさに目を細めた。

昔の冬はすごく寒かった。
すごく大きいつららがぶら下がり、家の中は隙間風がビュービュー吹き込む。
当時はエアコンはもちろんのこと、石油ストーブもなかった。
暖を取るのは薪ストーブ。

食べるものもあまりなかった。
ご飯にきな粉をかけてよく食べていた。
何もおかずはなかったけど、そのきな粉ご飯が美味しかった。

2~3年前だったか、ある年の冬、我が家でも夜 長時間の停電が発生した。
電気がないと、もちろんTVも映らない。
我が家はプロパンガスだが、電気がないとガスコンロが使えない。
お風呂も電気がないと入れない。

電気がなくても使えたのはただ一つ、石油ストーブだけ。
ロウソクに火を灯し、石油ストーブでお湯を沸かし、それをペットボトルに入れて、抱えて暖をとった。
お湯を入れたペットボトルは暖かかった。
暗闇の中、赤々ともえる石油ストーブの灯りは、不思議な安心感を与えてくれた。

灯りがまったくない、真っ暗闇では人間不安になる。
絶望感が生まれて来ても不思議ではないだろう。
灯りがあれば、そのうち電気が点くだろう、と、今しばらく我慢・辛抱すればよいと思えるようになる。

今回の震災で被災を受けた方々とは格段に状況は異なるが、こんな事を思い出した。

灯りとは、これから進んでいく道を灯りで照らしてあげる事でもあり、もちろん『頑張ろう』という応援は必要だが、『頑張ろう』という言葉だけでは頑張れることに限界がある。

何を、いつまでに、どんな方法で・・・言葉ではなく、具体的な方法と、実施に向けた詳細なロードマップが必要だろう。

それが暗闇に灯す『灯り』だろう。(J)



facebook 三田村淳一より

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